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        <title>artNOMAD</title>
        <link>http://www.art-nomad.net/blog/index.php</link>
        <description>藝術遊牧民</description>
        <lastBuildDate>Mon, 12 May 2008 05:18:00 GMT</lastBuildDate>
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            <title>Propaganda</title>
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Flickerに第二次世界大戦時のアメリカ合衆国のプロパガンダポスターとソビエト連邦のプロパガンダポスターコレクションがあった。アメリカのポスター2820枚、ソビエトのポスター1469枚という膨大なコレクションだ。
	アメリカのプロパガンダっていうのは、今のハリウッド（プロパガンダ）映画同様、やっぱりつまらない。ソビエトのポスターの方が多様で面白い表現がたくさんある。
	ちょうど、マレーヴィチの『零の形態』という芸術論集を読んでいるところだが、これまた面白い。唯物論は正誤／善悪の彼岸にあるのだろう。

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            <link>http://www.art-nomad.net/blog/2007/10/25/propaganda/</link>
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            <title>Untitled05</title>
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            <link>http://www.art-nomad.net/blog/2007/10/22/untitled05/</link>
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            <title>Untitled04</title>
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            <title>意見をもつことはたやすい</title>
            <description>	『この時代に想うテロへの眼差し』スーザン・ソンタグ
　未来に向けて――往復書簡
	　ご存知のように私は作家としての全生活を通じて、公然と自分の立場を表明してきました。アメリカの帝国主義とヴェトナムにおけるアメリカの戦争への反対などの政治的な立場しかり。文化的な立場はあまりにも多く複雑なのでここでは説明をはぶきます。広島・長崎の意味について書き始めたときのあなたがそうだったはずですが、私も立場を表明することは自分の義務だと感じたのです。サラエヴォが包囲されていた何年間にも、そこで自分を役立てる方法を探ることが義務でした。
　それでいて同時に、どう申しましょうか、意見をもつことはたやすい、安易すぎる、という自覚がありました。たとえ正しい意見でもそうです。
　論争の的となっている意見を支持すれば、支持者はいやおうなく有名になり目立ちます。たとえそれがその行為の目的ではなくとも。
　私がずいぶん前に自分に課したことがあります。自分がそれまで知らなかったり、この目で見たことがなかったりする事柄については、けっしてどんな立場もとってはならないと。ヴェトナムでの戦争については六八年と七三年にそこへ行っているので語ることができます。サラエヴォでもほぼ三年間にわたり相当の時間を過ごしました。アルバニアにも最近二度滞在しました。
　善意があっても思慮深くとも、直接の体験の具体性にとって代わることはけっしてできません。リアルなものの衝撃。私たちはフィクションの作家としてこのことを知っているのではないでしょうか。

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            <link>http://www.art-nomad.net/blog/2007/10/18/post-83/</link>
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            <title>Untitled03</title>
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            <link>http://www.art-nomad.net/blog/2007/06/04/untitled03/</link>
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            <title>Untitled02</title>
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            <link>http://www.art-nomad.net/blog/2007/06/03/untitled02/</link>
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            <title>Untitled01</title>
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            <title>予定の無い月曜日</title>
            <description>	ねねは朝からとても調子が悪そうだった。調子が悪いといっても、苦しんでいたわけではない。
	なんの予定もない、ゴールデンウイークの月曜日。なぜか体を洗っておかないとならないと思い、近所のゴミ焼却場に付属する銭湯へ行った。大広間で夕食をすませ、部屋に戻るとねねは焦点の合わない瞳で僕を見つめた。
	女房がスポイトで水を飲ませる。ほんの少し時間が過ぎ、ねねは飲んだ水をすべてはいた。小さな声でうなりながらすこし苦しそうにからだをふるわせている。ふるえるその手を握りしめ、背中をさすってみる。その時は突然やって来た。
	生と死の境界に時間は存在するのだろうか。遠くをみつめたままのねねの目を手でそっと閉じた。

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            <link>http://www.art-nomad.net/blog/2007/05/08/post-79/</link>
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            <title>The Naked eARTh Day 2007</title>
            <description>	アースデイJP イベント
アトムと別れる50の方法 ─ Fifty Ways To Leave Nuclear Power
	原子爆弾による唯一の被爆国であるにもかかわらず、核に対する日本国民のこの寛容さは「核の平和利用」という共同幻想から生まれています。今日においては「核の平和利用という共同幻想」からの決別が必要ではないでしょうか？それは恋人と別れるようにつらく悲しい行為です。しかし、いくら平和利用を詠っても、核を使い続ける限り、核開発や核廃棄物の問題や事故の発生、そして広がり続ける放射能汚染から逃れるすべはありません。「恋人と別れる50の方法」があるように、「原子力と別れる50の方法」もきっとあるはずです。The Naked eARTh Day 2007では、人類が原子力と決別する方法を探っていきます。
 (more&amp;#8230;)

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            <link>http://www.art-nomad.net/blog/2007/03/28/the-naked-earth-day-2007/</link>
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            <title>La Pensee Sauvage</title>
            <description>	The Naked artday ─野生の思考─ で舞踏家の田村さん、二人組のロックバンドRejiと共に、ライブペインティングパフォーマンスを行った。
	エスキースは『日本国憲法』だ。前文の始まり、「日本国民は」の英訳「We, the Japanese people」から始め、二段落目の「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」と描き、エスキースを終えた。
	その後は、田村さん、Rejiとの死闘を繰り広げ、45分間のパフォーマンスタイムが終わることには、汗でシャツは肌にへばりつき、息が上がっていた。
	でき上がった作品には、意図したものではないが、石斧を振り下ろす人、野生動物、家畜化された人間の顔などが描かれている。やはり芸術はやめられない。
 (more&amp;#8230;)

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            <link>http://www.art-nomad.net/blog/2006/07/05/la-pensee-sauvage/</link>
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