マーシャル・マクルーハン。『機械の花嫁』『グーテンベルグの銀河系』といった三流SF映画のような題名が胡散臭いのと、妙に高い本の値段が、、、とにかく読むならグーテンベルグからだと、この高い本を買う気になるまで頭の隅っこに置いてはいたが、そのまま結局20年以上読むことが無かった。先日、ちくま学芸文庫から出ているW.テレンス ゴードン著の『マクルーハン』を立川ルミネの本屋で目にしてつい買ってしまい、グーテンベルグから始まる理想は失われてしまった。『マクルーハン』はマクルーハンの発表した主要なキーワードをマンガ入りで解説してあるマクルーハン入門のような本で、これまた胡散臭い。とりあえず次ぎに進もうと平凡社ライブラリー『マクルーハン理論─電子メディアの可能性』M.マクルーハン+E.カーペンター編著 を購入した。この本におさめられた論文はマクルーハンとカーペンターが刊行した「Explorations─探求」というコミュニケーション専門誌からとられ、執筆者は10人を越えている。
(原書にはおさめられていない)マクルーハンの『テレビとはなにか』という論文の一節に、パウル・クレーがバグハウスの講義で語った「芸術には大衆が必要だ」という言葉の本質を捉えるヒントを見つけたように思う。(このクレーの言葉はずっと気になっている。世界が一変するようなことかもしれない。もちろん、大衆芸術とか、エンターティーメントとかそういう話ではない。)



