無意識と欲望
無意識と欲望については、ドゥルーズ/ガタリ『アンチ・オイディプス』に詳しいが、欲望は欠如から生まれるという「オイディプス・コンプレックス」は間違いだという思考は全く正しい。無意識という欲望機械が意味のない欲望を生み出す。そこに意味を作り出すのが「オイディプス」だと。無意識=欲望が本当の「創造」を行う。
「無意識即から溢れるものでなければ多く無力か詐偽である」 『農民芸術概論綱要』宮沢賢治
「無意識=欲望」は決して理性より劣ったものではない。他へと向かう欠如「オイディプス=無意識の劇場化」ではなく、自分自身を生み出す「創造的=欲望機械」として、それは機能する。
無意識と知性との関係をどのように思考していくかに、今後の社会はすべて委ねられる。
『リゾームになり、根にはなるな、決して種を植えるな! 蒔くな、突き刺せ! 一にも多にもなるな、多様体であれ! 線を作れ、決して点を作るな! スピードは点を線に変容させる! 速くあれ、たとえ場を動かぬときでも! 幸運の線、ヒップの線、逃走線。あなたのうちに将軍を目覚めさせるな! 正しい観念ではなく、ただ一つでも観念があればいい。短い観念を持て、地図を作れ、そして写真も素描も作るな! ピンクパンサーであれ、そしてあなたの愛もまた雀蜂と蘭、猫と狒狒のごとくであるように。」
『リゾーム』(『千のプラトー』第一章) ドゥルーズ/ガタリ
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