謹賀新年
今日になってやっと年賀状ができました。
今年は 南方熊楠 十二支考 『猴に関する民俗と伝説』 の一部を引用して作った。
どうも猿は毒とかそういうものに関係しているようだ。
毒を見分けたり、毒をもって毒を制したり、柳田国男や折口信夫によると、
馬なんかも絡んできて、良い水に暮らす河童が現れたということらしい。
今年は特に鼻をきかせて、良いものこと、悪いものことを見分ける必要がある、そんな焦臭い申年だ。
猿は一度いやな思いをしたら二度と同じ事はしない。日本及び日本人はどうなんだろう?
『書紀』天孫降下の条に「先駆の者還りていわく、一の神ありて天八達之衢におり、その鼻の長さ七咫、背の長さ七尺、云々、また口尻明かり輝り眼は八咫鏡のごとくして、てりかがやけること赤酸醤に似たり、と。すなわち従神を遣わして往きて問わしむ。時に八十万の神あり。みな目勝ちて相問うこと得ず。天鈿女すなわちその胸乳を露わにかきいでて、裳帯を臍の下に抑れて、咲わらいて向きて立つ。」その名を問うて猿田彦大神なるを知り、「天鈿女また問いていわく、汝やはたわれに先だちて行かむ。はたわれや汝に先だちて行かむ、と。対えていわく、われ先だちて啓き行かむ、と、云々。よりていわく、われを発顕しつるは汝なり、故、汝われを送りてこれを致すべし、と」とて、伊勢の狭長五十鈴川上に送られ行くとあるは、猿田彦の邪視八十万神の眼の堪えあたわざるところなりしを、天鈿女醜を露わしたので猿田彦そこを見詰めて、眼毒が弱り和らぎ、鈿女打ち勝って、彼をして皇孫の一行を避けて遠地に自鼠せしめたのだ。インドでハヌマン猴神よく邪視を防ぐとて祭ることも、青面金剛崇拝は、いくぶんハヌマン崇拝より出たことも、すでに述べた。それが本邦に渡来してあたかも邪視もっとも強力なりし猿田彦崇拝と合して昨今の庚申信仰ができたので、毒よく毒を制する理屈から、以前より道祖紳と祀られて邪視防御に効あった猿田彦が、庚申と完成された上は一層強力の眼毒を打ち破るのだ。庚申堂に捧ぐる三角の袋括り猿など、パンジャブ辺でも邪視を禦ぐの具で、一つは庚申の避邪力を増さんため、一つは参詣者へ庚申の眼毒が強く中らぬべき備えと知らる。またインドや欧州その他に人畜が陰陽の相を露わせる像を立て、邪鬼凶人の邪視を防ぐ例すこぶる多く、本邦にも少なからず、なかんずく猴が根を露わせるもの多し。その諸例は今年[大正九年]九月印刷、出口君の『日本生殖器崇拝略説』に詳載さる。余、出口君の許しを得て珍しき猴の石像の写真をここに掲げんとせしも再考の末見合わせ、代わりに掲ぐる第十一図は余が南ケンシントン博物館で写真を模したもので、多くのインド人に尋ねしも訳分からず、しかし道祖紳の一態たる和合神(『天野政徳随筆』一に図あり)のインド製に相違なかろう。
南方熊楠 十二支考 『猴に関する民俗と伝説』より
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