飢えて死ぬ子供の前で文学は有効か?
The Naked eARTh Dayで行うアースデイ・トークのテーマにした『崩壊する地球環境の前で表現は有効か?』はサルトルの問題提起「飢えた子供がいる時に……」に倣っている。サルトルの問題提起に関して書かれている大江健三郎の『厳粛な綱渡り』にある「飢えて死ぬ子供の前で文学は有効か?」を再読した。25年程前に早稲田にある本屋でこの問題提起について特集した雑誌を見かけた。「早稲田文学」だった気がするが、確かではない。その頃わたしはあまりに若く、この強烈な問題提起を受け入れる心の準備さえ出来ていなかった。わたしも「ひとつの連続性の範囲のなかで」変わってきたのだと思う。できれば、イベントまでに国会図書館で調べてみたいと考えている。
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