国境の南
日本映画学校の生徒が突然尋ねて来て、この家で彼らの卒業制作映画のワンシーンを撮影することになった。ここはメキシコで、裕福とはいえない女性の暮らす家という設定だ。主人公は日本の売れないプロレスラーだそうだ。
*国境線→国境の南→メキシコ→ 何かが繋がっている感じがする。
そういえば、つい最近村上春樹の『国境の南、太陽の西』を読み返していた。
彼女はそれまでソファーの背もたれにかけていた手をスカートの膝の上に置いた。その指がスカートの格子柄をゆっくりとなぞるのを僕はぼんやりと眺めていた。そこには何かしら神秘的なものがあった。その指先から透明な糸が出て、それが新しい時間を紡ぎだしているように見えた。目を閉じると、その暗闇のなかに渦が浮かぶのが見えた。幾つかの渦が生まれ、そして音もなく消えていった。ナット・キング・コールが『国境の南』を歌っているのが遠くの方から聞こえた。もちろんナット・キング・コールはメキシコについて歌っていたのだ。でもその当時、僕にはそんなことはわからなかった。国境の南という言葉には何か不思議な響きがあると感じていただけだった。その曲を聴くたびにいつも、国境の南にはいったい何があるんだろうと思った。目を開けると、島本さんはまだスカートの上で指を動かしていた。体の奥の方に僕は微かな甘い疼きを感じた。
ナット・キング・コールが『国境の南』を歌っているレコードは存在しないらしい─小説に描かれることは、はじめから存在しないのだ。
撮影は一日で終わった。
総勢20人くらいの撮影クルー達が、動き回っていた。わたしは四畳半のパソコン部屋に犬猫と一緒に籠り、急ぎの仕事をしていた。たまに撮影を覗きにいこうかなとも思ったが、いくつものカットを撮影していたので、タイミングが分からず諦めた。その映画ではどのような歌が流れているのだろう、、、。
上映会には是非誘ってくれと頼んでおいた。
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