痕跡──戦後美術における身体と思考(1)
昨今の資本主義に組み込まれ、エンターティーメント化された、マスコミのケツをなめるような、価格、人気、入場者数がすべてのような、つまらない美術/芸術作品、展覧会に飽き飽きしていたところ、久々に真剣な展覧会が開催された。
2005年1月12日─2月27日 東京国立近代美術館で開催されている『痕跡──戦後美術における身体と思考』展だ。
A4版356Pの全作品がカラー掲載されているカタログの「ごあいさつ」で主催者(東京/京都国立近代美術館)は語る。
第二次世界大戦後、現代美術の領域で多くの画期的な表現が生みだされました。次々に発表される新しい表現は私たちに新鮮な驚きを与えましたが、その本質、そしてそこに一貫する要素を見定めることは容易ではありません。さらに美術に関する情報は雑誌や映像を介して直ちに世界中に伝えられ、作品相互の影響関係もこれまでとは比べものにならないほど複雑になっています。この展覧会では1945年以後の美術を独自の観点から見直し、多様な作品が秘める共通点と差異、影響関係と独自性を検証することを目的としています。
私たちが注目するのは、「痕跡」という問題です。痕跡とは何かの結果であり、因果関係に縛られたイメージです。従来の人物画や風景画が「なにかに似ている」ことを原理としていたとするならば、ここに集められた作品は「なにごとかの結果として」のイメージを提示しています。それらを一瞥する時、私たちは「痕跡としての美術」の予想外な広がりと重要性に驚くのではないでしょうか。日本においては具体美術協会からもの派にいたる一連の動向、アメリカにおいても抽象表現主義からコンセプチュアル・アートにいたる現代美術の主要な動向のほとんどがこの展覧会に収められています。さらにウィーン・アクショニズムや一連の女性作家など、これまで日本ではほとんど紹介されていない作家たちの作品について考える際にもこのような視点は新しい発見をもたらしてくれるように思います。
第二次世界大戦後、芸術的価値を含め私たちにとって自明のことのように思われていた価値(きれいごと)はすべて崩れ去り、戦争による破壊の痕跡として廃墟の中から剥き出しとなった「もの」が立ち現れてきた。ここで着目すべき点は、戦争に負け、あるいは戦場となり廃墟と化した日本やヨーロッパだけでなく、第二次世界大戦によって国土を荒らされることの無かったアメリカにおいても、同様な価値の転倒が行われていることだ。
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ハンガリー国へ半刈で行く
東京国立近代美術館の「痕跡」展を見てきました。見応えたっぷりの素晴らしい展覧会でした。Andy Warholのピス・ペインティング(小便絵画)も見ることが出来ました。(別にすごく見たかったわけじゃないけど)アクションペインティング系も沢山そろっていました。まさに…
Trackback by TokoPage — 2005年2月28日(月曜日) @ 19時11分42秒