2004年12月28日(火曜日)

クレーの日記

カテゴリー: - artNOMAD @ 21時59分41秒

約10年間、具象と抽象の中間のような作品を制作してきましたが、最近は何かに押されるように抽象に移行しています。そんなときに思い出したのが、1915年、第一次世界大戦の戦火の中で書かれたクレーの日記の一文でした。

九五一 此岸の世界を後にし、彼岸のなかへ建設する。彼岸こそ完全な世界なのだ。
抽象化。
これこそ情熱(パトス)のない冷たい浪漫主義というべきか。前代未聞の怪物だ。
 この世が恐怖に充ちていればいるほど(まさに現在の如く)、芸術は抽象的となる。此岸的な芸術は、幸福な時代に栄えるものなのだ。

 私たちの生きている時代は、過渡期である。昨日の世界から今日の世界への移行なのだ。形象の寒々とした洞窟には、残骸がころがっている。人間はまだ未練がましくあたりを徘徊している。残骸は、抽象化の素材となる。
 贋の分子の巣くう廃墟、不純な結晶物の生まれる素地。
 これが、いまの時代なのだ。

 ところが、──ある日、結晶鉱から血がふき出した。わが生涯もここに終わりを告げるのだ──と私は思った。戦争と死。だが、結晶体の私に死ということがあるのだろうか。
 結晶体の私。


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