ロシア・アヴァンギャルド(3)
キュビズムは作家と画布/美術の枠内に留まったが、未来派宣言は閉塞状態にあった若者たちに刺激を与え、強力なイデオロギーとしてヨーロッパ中を駆け巡った。詩人シェルシシェネービッチによってロシア語にも翻訳され、1910年4月、後にロシア未来派の旗手とされる詩人フレーブニコフらの刊行した文集『裁判官の飼育場』に『未来人』という造語が用いられた。1912年には、文集『社会の趣味への平手打』の巻頭に<ギレア>グループによるロシア未来派宣言といえる文章が掲載された。
われわれの予期せぬ最初の新しい言葉を読む人々に。
われわれだけがわれわれの時代を代表する者である。言葉の技術でもって時代の角笛を鳴らすのはわれわれである。過去は狭苦しい。アカデミーやプーシキンは象形文字よりもわかりにくい。
プーシキン、ドフトエフスキ、トルストイ等々を現代の汽船からほうり出せ。
初恋を忘れられぬ者は最後の恋を知らぬ者だ。
最後の恋を香料ふんぷんたるバリモントの情事と引きかえようとするお人好しがどこにいるだろうか。今日の勇敢な魂の反映がそんな恋のなかに見いだせるというのか。
いったい、武人ブリューソフの黒燕尾服から紙の鎧を剥ぎ取ることを恐れる臆病者などいるだろうか。それとも、その鎧には未知の美の曙光でもあるというのか。無数のレオニード・アンドレーエフどもが書いた本の不潔な粘液に触れた諸君の手を洗うのがよい。
あのマクシム・ゴーリキイども、クプリーンども、ブロークども、ソログープども、レーミゾフども、ヴァエルチェンコども、チョーヌルイども、クズミンども、プーニンどもに必要なのは、川のほとりにある別荘だけだ。こんな報酬は仕立屋どもにくれてやれ。
われわれは摩天楼の上から、彼ら無能なやからを眺めているとしよう。
つぎのような詩人の権利を尊ぶことをわれわれは命令する。
1 自由に派生した言葉で辞書の語彙を増大させること(言葉の新方法)
2 既成の言語を徹底的に憎悪すること。
3 諸君が風呂屋の箒で作った安物の栄冠を、恐怖をもってわれわれの誇り高い額から払いのけること。
4 口笛と憤慨の海のただなかで、「われわれ」という言葉の塊の上に踏みとどまること。
そうして、たとえわれわれの詩行に、諸君のいう「良識」や「よい趣味」などの不潔な刻印がいまだ残っているとしても、そこには、すでにそれ自体に目的のある(自由な)言葉の新しい未来の美の最初の稲妻が閃いているのだ。ダヴィド・ブルリューク
アレクサンドル・クルチョーヌイフ
ウラジミール・マヤコフスキー
ヴィクトル・フレーブニコフ
モスクワ、一九一二年十二月
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