世界コミュニケーションの時代(2)
ハイデッガーと同じドイツ人であるノベルト・ボルツは『世界コミュニケーション』のなかで、
世界コミュニケーションの時代を特徴づけるのは、何よりも、知覚の対象が <世界> ではなく <コミュニケーション> になるといういことである。世界とは、コミュニケートされるもの一切にほかならない。それは、現象学における世界(生活世界)概念、つまりフッサールのいう「体験されたものの在りようとしての世界」とは違う。それはまた、(本書が以下においてシステム理論に負うところが多大であるにもかかわらず)システム理論の世界概念、つまりマークされず[観察されるべきシステムがその環境から区別されず]、したがって観察不能である状態としての世界とも違う。それらとは違って、われわれは、コミュニケーションが及ぶ範囲として、世界を理解する。
と、世界像の時代は終わり、世界コミュニケーションの時代が始まったと宣言する。ノベルト・ボルツのこの宣言は、ハイデッガーが『世界像の時代』の終わりに書いたことと繋がっているのではないか。
しかし、計画、算定、設備、保障の巨大なものが量的なものからある独特の質に急変するや否や、巨大さすなわち外見上は徹頭徹尾、いつでも算定され得るものは、まさしくこのことによって、算定され得ないものとなる。人間が主体となり世界が像となったとき、この算定され得ないものは、一切の事物の回りに至る処で投げられている目に見えない影に留まるのである。
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