2004年1月16日(金曜日)

社会と芸術 その1

カテゴリー: - artNOMAD @ 22時14分13秒

かつて芸術は社会の本質を構成するものでした。芸術が専門化される過程において、その本質が単にイメージとして捉えられ、社会における砂糖菓子のようなものとして認識されているにもかかわらず、依然として(政治のように全体感を作り出すものではなく)主体感を結集させること、主体感の非力化を食い止める唯一の方法論として芸術は存在しています。

世界がエントロピー増大による均一化の方向に進む今日、主体感の死活の鍵を握るのものは芸術のほかありません。芸術には平々凡々と通用している形態や意味作用と決別する機能が備わっています。だからこそ芸術はそれ自体に支えられる以外ないのです。そしてこの機能によってこそ主体感をより深いものにすることが出来るのです。

芸術は二つの極を持っています。一方は増殖を基本とする豪華を求める企て、もう一方は限りなく無駄をそぎ落とす企て。この両極の間を揺れ動きながら、芸術作品は社会のエントロピー増大を打ち破り、新たな可能性を生み出しているのです。芸術は平衡化を目指す全体感を飛び越え、主体感の共存という生の革新を常に企てているのです。

そして、すべての生産が美学の潮流に向けて解き放たれる時、人類は主体感による共存という新しい社会のパラダイムにシフトすることが可能となるのです。


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