2003年9月8日(月曜日)

ゴッホ通信1

カテゴリー: - artNOMAD @ 11時47分58秒

gogh_15b.jpg

オーヴェール・シュール・オワーズで、小さなゴッホの墓の前に立ったとき、確かに僕らは何かを共有した。あの教会の前を通り、樹木でできたトンネルをくぐって麦畑を歩いた後に、、、。

それは言葉にはならないようなものだけど、僕はそれを探ってみようと考えた。なぜか、オーヴェール・シュール・オワーズ時代の「ゴッホの手紙(下)」が見あたらないので、「烏のいる麦畑」を見ていた。アントナン・アルトーがゴッホについて書いていたのを思い出した。

 『人々は、ヴァン・ゴッホの精神的健康について云々するかも知れぬ。だが彼は、その生涯を通じて、片方の手を焼いただけだし、それ以外としては、或るとき、おのれの左の耳を切りとったにすぎないのだ、
 ところが彼の生きていた世界では、人びとは、毎日、緑色のソースで煮たヴァギナや、鞭で引っぱたいて泣きわめかせた赤ん坊の、
 母親の性器から出てきたところをつかまえたような赤ん坊の性器を喰っていた。
 これは比喩ではない、全地上を通じて、大量に、毎日、くりかえされ、つちかわれている事実である。
 それにまた、このような主張は、いかにも気ちがいじみたように見えるかも知れないが、現代の生活は、まさしくこんなふうにして続いているのだ。乱交、無政府状態、無秩序、錯乱、放埒、慢性の狂気、ブルジョア的な無気力、精神異常(なぜなら、人間ではなく世界が異常なものになったのだ)、故意の悪行と、とてつもない偽善、すぐれた素性を示すいっさいのものにたいするけちくさい侮辱、そういったものの作りなす古くさい雰囲気のなかで続いているのだ。
 事態は悪質だ、なぜなら、病んだ意識は、このようなときには、おのれの病からぬけ出さぬことに、根本的な関心を抱いているからだ、
 かくして、いたんだ社会は、精神病学なるものを作りあげたのだが、それは、この社会にとってはなんとも具合の悪い予見力をそなえた、何人かの卓抜な千里眼的人物の探査からおのれを守るためである。』(序文)

アルトーもまた精神病院で長い時を過ごした。このゴッホ論「ヴァン・ゴッホ 社会が自殺させたもの」もパリ郊外の療養所で書かれたものだ。この文章を書くにあたって、アルトーはオランジュリー美術館で開かれていたゴッホ展に行っている。

「烏のいる麦畑」はゴッホの死の数日前に描かれたとされている。この絵に多くの人はゴッホの絶望や死の影を見る。黄金色に輝く麦畑と、どこまでも深いブルー。そして一瞬を捕らえた鳥たちの羽ばたき。果たして、ここには永遠がある。この絵の外側では、太陽は大地を焼き、麦穂が風にざわめいている。ゴッホの持つ絵筆は、原子爆弾のせん光によって、木の壁や石の階段に焼き付けられた人間の影のように、永遠を包み込んだ。そんな静寂を、そんな永遠を、僕らはゴッホの墓の前で共有したのではなかったか。気付くとすでに鳥たちは視界から飛び去り、麦穂は風に揺られて波打っている。しかし、僕らはここでカラスではなく、鳩しか見なかったはずだ。たしかにこの絵の鳥たちはカラスのように思える。だが、一度疑ってみてもいいのではないだろうか?ほんとうにこれはカラスなのかと。

そして、アルトー、、、。

『ヴァン・ゴッホの絵のなかには、幻想もなければ、幻もなく、幻覚もない。
あるのは、午後二時の太陽の、灼熱した真理である。
少しずつ明らかにされてゆく、生殖力をそなえたゆるやかな悪夢である。
悪夢そのものが描かれているわけでもなく、効果があらわれているわけでもない。
生まれるまえの苦しみが、そこにはある。
草や、平らにひろがり今まさに何者かの手に引きわたされようとしている麦畑の茎が形作るしめった光沢。
そして、いつか、自然が、それを明らかにすることだろう。
同様に、社会もまた、その早すぎる死を明らかにするだろう。

 風のしたで身をかたむけている麦の畑、そのうえに、まるでコンマのように描きこまれたただ一羽の鳥の翼。いったい、この画家は何者だろう。彼は、厳密な意味では画家とも言いえまい。いったい誰が、ヴァン・ゴッホのように、これほども人を無力にする単純さをそなえた主題に取り組む大胆さをもちえただろう。』(社会が自殺させたもの)

あの樹木のトンネルの向こうに広がっていた、地平線が見えるほどの麦畑、それはゴッホの絵そのものだった。麦畑が先にあったのか、ゴッホの絵が先にあったのか、そんなことを考えなくてはならないほどに。ゴッホの描いた吊り橋は、一度壊され、後にゴッホの作品を参考にして再建された。サン・レミの精神病院もしかりだ。オーヴェール・シュール・オワーズでも、倒壊寸前の建物をつっかえ棒をしてまで残していた。どこにでもある建物、どこにでもある風景、どこにでもある空、どこにでもある大地、そしてどこにでもある太陽を。

『私は思うのだが、ゴーギャンは、芸術家というものは、象徴や神話を探求し、生の事物を神話にまで拡大しなければならぬ、と考えていたのだ。
 一方、ヴァン・ゴッホは、生におけるもっとも卑俗な事物から神話を導き出すことができなければならぬ、と考えていたのだ。
 私には、この点で、ゴッホはとてつもなく正しかったと思われる。
 なぜなら、現実とは、いっさいの歴史、いっさいの物語、いっさいの神性、いっさいの超現実性をおそろしいほど上まわっているからである。』(社会が自殺させたもの)


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